直木賞作家 池井戸氏に聞く(前編)

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  バンカーよ、仕事の殻を破れ

 視聴率が驚異の数字を記録したドラマ「半沢直樹」。TBSテレビ日曜劇場に7年ぶりに復活します。原作者で直木賞作家の池井戸潤(56)氏にドラマの見どころや新聞の有用性、バンカーへのエールなどを聞きました。(聞き手=編集局長・宮岸 順一)

※以下は「ニッキン」2020年4月3日号12面に掲載したインタビューの詳細(前編)です。

見所は銀行員としての生きざま


直木賞作家の池井戸潤氏

宮 岸 視聴者が待ちに待ったドラマ「半沢直樹」が、7年ぶりに復活します。TBSテレビ日曜劇場の時間帯に3カ月間。先生の思いを。

池井戸 ドラマは原作とは別物です。関わるのは脚本のチェックくらいでしょうか。ドラマに対する賞で、最優秀原作賞というのはないですよね。ただ、皆さんの期待が大きいのは分かっているので、その期待に応えるドラマになっていればいいなあと思っています。

宮 岸 今度の「半沢直樹」は先生の原作でいうと『ロスジェネの逆襲』と『銀翼のイカロス』を組み合わせて、前半の主たる舞台はセントラル証券ということになりますね。

池井戸 前半は買収の話、後半は航空会社救済の話ですが、それをどう噛み砕いて視聴者に面白おかしく見せられるかがポイントだと思います。またドラマには、大和田常務(香川照之)など、原作には出てこない登場人物が数人出てきます。黒崎検査官(片岡愛之助)も、原作だと『銀翼のイカロス』には登場しますが、『ロスジェネの逆襲』には出てきません。そういった登場人物をどのような設定で生かしているかも、見所かも知れません。そのためには原作にはないエピソードが必要になるわけですが、それを作るのはなかなか難しいようです。脚本をチェックして、銀行員から見て頭をひねるエピソードが出てきたときには、代替案を作って、プロデューサーや脚本家に伝えるようにしています。まだ全話の脚本が来ていないので、どのような作品になるかは、現時点では未知数です。

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宮 岸
 最初の「半沢直樹」で香川さんとか片岡さんが非常に重要な役どころでした。今度のドラマでも登場させたいというのがプロデューサーの考えですか。


池井戸 大和田はドラマで人気が出たキャラだからかも知れませんし、香川さんが出たいとおっしゃったのかも知れません。ちなみに原作では大和田は、半沢がいた銀行の合併相手の銀行出身ですが、ドラマでは半沢と同じ銀行出身になっています。中野渡頭取(北大路欣也)は逆に、原作では半沢と同じ銀行出身ですが、ドラマでは合併相手の銀行出身になっています。そのためドラマの続編では、そういった設定変更を解決する”ひねり”が必要なのではないでしょうか。

宮 岸 今度の「半沢直樹」の見所をお伺いできますでしょうか。

池井戸 脚本を全て読んでいないのですが、ひとつはやはり大和田常務でしょうか。視聴者の皆さんが彼の登場をすごく楽しみにされているようなので、どういう活躍をするのか期待大ですね。また今回は、中野渡頭取が非常に重要な役割を担っています。銀行員としての身の振り方といいますか、最終的に重たい決断をする展開になるはずです。それまでの紆余曲折や頭取としての苦悩が描かれると思うので、おそらくそういったところが見所になると思います。「半沢直樹」には、切った張ったのチャンバラ劇のような面白さがあると思いますが、今回は、人間、そしてバンカーとしての生きざまを描いた、重厚な人間ドラマになるのではと期待しています。

宮 岸 それは主人公の半沢直樹であると同時に中野渡頭取のトップとしての生きざま、苦悩、そういう部分です。
 
池井戸 そうですね。半沢シリーズの4作目になる『銀翼のイカロス』は巨額の債権放棄にまつわる話ですが、トップの判断が非常に重要な役割を果たすことになる。頭取はいったいどのような判断を下すのか。それに対し、半沢はどのように動くのか。そういった二人のぶつかり合いも、見所のひとつになると思います。

宮 岸 半沢直樹は1人のバンカーが組織の矛盾と闘いながら自分のバンカーとしての矜持を貫くみたいなところがありますよね。一方、組織の中にはある意味、俗な言い方をすると派閥争いがあり、そういうのが1つの柱になるかと思います。例えば昨年ドラマ化されたラグビーの「ノーサイド・ゲーム」であるとか、その前の野球の「ルーズヴェルト・ゲーム」とか、企業スポーツのあり方の中で企業の内幕と、大手企業と中堅企業の闘いというのがありますよね。先生の小説は正に主人公の人間の生きざまや人間臭さが大きな柱の経済小説にも見えます。そういう見方は甘いでしょうか。

直木賞作家の池井戸潤氏

池井戸 どのように読むかは読者の特権ですので、別に甘くないと思います。つまらないというのも、色々な意味づけをして評価するのも、読者の特権です。作品を世に出したら、どう言われようが、作家は「ああそうですか」と受け止めるしかない。私の作品はよく、働くことの意味や企業のあり方といったことに意味づけされることがありますが、実はあまりそういうことは考えずに書いています。あと、自分の小説は、経済小説だとは思っていません。あくまでエンターテインメント小説として書いているつもりです。

宮 岸 でも『下町ロケット』の時の正に技術の中に入り込む。あるいは特許の問題で法律に入り込むとか、やはり綿密な取材の下に小説を書かれるのでしょうね。

池井戸 取材はいつもほとんどせずに書いています。『下町ロケット』の特許の部分は、飲み仲間である鮫島正洋弁護士とした話がヒントになっています。鮫島さんは知財(知的財産権)では日本で一、二を争う弁護士ですが、その彼に小一時間レクチャーをしてもらって話を組み立てたんです。また、ロケットエンジンのバルブシステムについても、実は取材していません。インターネットで失敗例を探して書いたんですが、専門用語を駆使して書いても、読者には伝わりにくい。ただ不思議なもので、分からなくても分かったつもりになる言葉というのはありますよね。例えば遠赤外線の炊飯器です。遠赤外線がいったい何なのかよく知らないけれど、なぜだかご飯がすごく美味しく炊ける気がする。バルブという言葉も同じで、水道のバルブはみんな知っているので、ロケットのバルブがどんなものなのかよく分からないにもかかわらず、何だか知っているように思う。それでバルブの話にしたんですが、ロケットエンジンのバルブはどうも社外秘らしく、ネットや本を探しても、画像が出てこない。結局実物を見ないまま書き上げたんですが、最初にWOWOWで連続ドラマになった時に(2011年)撮影見学に行ったところ、佃社長役の三上博史さんの机の上に、水筒みたいな銀色の物体が置いてあったんです。何だろうと眺めていたところ、プロデューサーさんがやってきて、「池井戸さん、本当に知らないんですね。それがバルブですよ」と言われました(笑)。そういえば、小説を書く前に、佃製作所の舞台である大田区にも取材に行きました。「大田区の中小企業が力を合わせれば、大型ロケットを飛ばせる」という噂を聞いていたので、それを確かめに行ったんです。ところが、小説のコンセプトを話すやいなや、「それは100%ありえない」とあっさり却下された。

宮 岸 それは大田区の中小企業の関係者から。

池井戸 宇宙関連の部品を作っている中小企業です。そこの社長さんに却下されて、『下町ロケット』は挫折しかかった。まあでも、お茶を出してもらったことだし、そのまま話を続けているうち、ふと、「大田区の会社が重要な特許を持っていて、その特許がないとロケットのエンジンが作れない」という話を思いつき、「こういう設定ならどうですか」と聞いてみたんです。すると、「そういう話ならあるかもね」とその社長さんが言ってくれたので、『下町ロケット』が無事生まれることになった。だいたいいつも、おおまかなストーリーを組み立てたあとに取材をするようにしています。皆さんお忙しいわけだから、聞いた話を使うか使わないか分からないような無駄な取材はしたくない。あと、最後まで書き上げた後に、曖昧な部分について読んでもらったり、ピンポイントで後追い取材をしたりすることはあります。

 

金融行政がバンカーのダイナミズムを奪う


宮 岸 色々な小説を書かれていますが、バンカーがよく登場する。これは先生自身が大学を出てバンカーを経験されたというのがベースなのかなと思います。小説の舞台としての銀行、あるいは主人公としてのバンカーは、作家として非常に魅力的な素材でしょうか。

池井戸 いえ、そうでもないです。最近の銀行には、半沢みたいな型破りなバンカーはまずいませんね。

宮 岸 現実的には残念ながらあまりいない。

池井戸 みんな紋切り型というか、どの銀行からも同じような提案をされることが多い。手続きの進め方も電話のかけ方も、マニュアル的な感じがします。働き方改革で残業も禁止されているし、飲み会もあまりないようで、面白おかしく書ける、小説で使えそうな要素がどんどん削られていますね。昔みたいに、一日の終わりに計算が合わず、夜中まで全員で残業するといったこともないと聞きました。昔は計算が合ったら放送が入り、みんな立ち上がって拍手していましたけど。

宮 岸 先生がニッキンに連載していただい「狂咲舞の事件ファイル」。あれは銀行の支店を含めた現場のちょっとしたトラブル。行内もあればお客さんとのも。ああいうリアルな話は今でも現場にあると思いますが、あんまり人間臭さみたいなものが最近、伝わってこない気がします。

池井戸 今の銀行はコンプライアンスというものにすごく神経を尖らせていますが、昔はそこまでじゃなかったと思います。ダイナミズムが欠けてきているというか、仕事の内容が小さくなっているのかな。要するに、行員一人ひとりの裁量がどんどんシュリンクしてきている気がします。

宮 岸 それは銀行経営の考えとか戦略とかの問題じゃなくて、社会構造の変化の中で銀行の役割が変わり、銀行がダイナミックに自ら色々なことで動けるチャンスが狭くなってきたというふうに見ればよいのでしょうか。

池井戸 おそらく、金融行政じゃないですかね。銀行は免許事業ですから。例えば投信を売ろうと思ったら、ものすごい量の説明とサインが必要になる。それは要するに、裁判になった時に負けないためですよね。どこかで裁判になったことがあるのかも知れないけど、他の客全員にもそれを適用して、一時間かけて分厚い契約書を契約時に読み上げる。そんな無駄なことをやっていていいんでしょうか。おそらくみんな内心そう思っているのにもかかわらず、金融庁がそう決めているからやらざるを得ない。要するに、現場を知らない役人が考えたことを免許事業だから従わざるを得なくてやっているとしか思えない。それでいいのかなあ。現場には現場のノウハウや事情があるはずなんだけど。その最大の被害者が窓口の銀行員であり、長々とした説明を聞かされなきゃならない客です。お客さんが一番割を食っている訳ですよ。お客さんの負担を無視するのは、客商売じゃないですよね。役所の仕事みたいになっていると思います。

宮 岸 『陸王』に苦境の老舗足袋製造業者を応援する地域銀行のバンカーが登場しました。企業を支え、育てるのにバンカーが果たす役割は間違いなく昔も今も大きいと思いますが、最近のバンカーをどういうふうに見ていらっしゃいますか。

直木賞作家の池井戸潤氏
池井戸 メガバンクと比べて地方銀行の方が、融通が利かない気がします。まず商品の売り方が30年前と変わってない。最初は保証協会付きで、手形で短期でというステップを上がっていくような取引しかできないし、提案も固定化していて面白みがほとんどありません。メガバンクの方がまだ提案力にバリエーションがあるし、面白いことを言ってきています。とある会社の社外取締役をやっていまして、地銀から大手まで色々な提案が来ますけど、見ているとそんな感じです。でもまあ大手でも古臭いところはありますけどね。

宮 岸 メガバンクは持っている商品、サービスだけじゃなくて、色々な意味での提案力が地域銀行と比べて優れていますか。

池井戸 優れています。商品ラインナップが違うということかも知れませんが、もう少し柔軟性があるのかなと。ただ、それはあくまで優良企業に対する提案であって、ちょっと業績が傾いたりすると、どこも同じような提案になるのかも知れませんが。


※後編はこちら


【プロフィール】

池井戸 潤(いけいど・じゅん) 1963年岐阜県生まれ。慶応義塾大学を卒業後、都市銀行に入行、95年退職し、作家として活動。98年、『果つる底なき』(講談社)で第44回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビュー。2010年、『鉄の骨』(講談社)で第31回吉川英治文学新人賞を受賞。09年4月から12年3月までニッキン紙で『狂咲舞の事件ファイル』を連載中の11年、中小企業を舞台にした『下町ロケット』(小学館)で第145回直木賞を受賞。銀行を舞台にした「半沢直樹シリーズ」では『オレたちバブル入行組』ほか、弱小企業野球部の救済を描く『ルーズヴェルト・ゲーム』、企業の不正を描いた『空飛ぶタイヤ』『七つの会議』、政治と若者の就職難をテーマにした『民王』など、幅広いジャンルに挑戦。20年、半沢直樹シリーズから『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』を原作としたTBSドラマ『半沢直樹』が復活する。
 
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