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社説 4月27日号 公僕は政権の下僕に非ず

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佐川宣寿国税庁長官が3月9日辞任したのに続き4月24日、福田淳一財務次官の辞任が閣議で承認された。理由は異なるも財務省に対する国民の信頼を貶(おとし)めたことに変わりない。このほかにも防衛省の自衛隊イラク派遣を巡る日報問題や厚生労働省の裁量労働制に関する不適切データ提出など、どこを向いて仕事をしているのか訝(いぶか)しい中央省庁の事例が相次ぐ。公僕意識の欠如が甚だしい。
 福田財務次官の辞任は、週刊新潮のセクハラ疑惑報道がきっかけとなった。現時点で本人は否定しているが、事実なら官庁のなかの官庁と言われた財務省トップの言動としてはあまりにもお粗末だ。国民に対してはもとより、真面目に勤務する職員にも顔向けできまい。行政や政治の停滞が懸念され、今後の消費増税、財政健全化にも影を落としかねない。
 一方、誰のために行ったのか首をひねらざるを得ないのが、森友学園への国有地売却を巡る決裁文書改ざんや厚労省の不適切データの提出だ。国民を軽視し、一強と言われる安倍政権におもねったと勘ぐられても仕方あるまい。中央省庁の幹部人事権を内閣に握られ、組織防衛と保身に走っているのでは、との見方も広がり不信感が募る。失った信頼を取り戻すにはトップから末端まで襟を正し、誠実に業務を務めるしかない。
 金融庁の森信親長官は今年の入庁式で新入職員に向け、公務員として忘れてならないのは「国のため、国民のために働くこと。国益のために何をすべきかを絶えず考え、行動してほしい」と訓示した。全ての官庁・官僚に同じ意識が求められる。
 1998年、当時の大蔵省は金融機関からの過剰接待を巡り多数の職員を処分し、逮捕者まで出した。その結果、大蔵省の信頼は地に落ち、財務省と金融監督庁(現金融庁)に分離された。こうした歴史は省内でどのように扱われてきたのだろうか。不祥事を繰り返さないため、行政処分を受けた日を企業倫理の日と定め、経緯を伝え継ぐ金融機関もある。「喉元過ぎれば…」と考えていては、再び前車の轍(てつ)を踏むことになる。2018.4.27


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